×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

|
とある大学生による社会問題考察のブログです。
経済、政治、社会問題、戦争、貧困、環境、エネルギーと多岐にわたる分野について批判的、多角的に分析します。
| |
世界金融恐慌(1)
11日ついに日経平均株価(日経225)が8276円となり、連日の下落となったうえに
下落率が戦後3番目となった。米国のダウ平均は8224ドルとなりアジア株・欧州株への 影響がここ数日間で大きく目に見えるものとなった。 (日経平均は10日の終値、ダウ平均は11日0時30分現在) 最初はアメリカのサブプライムローン・ショックから始まり、ベアスターンズの倒産、 フレディマック・ファニーメイへの公的資金注入、リーマンブラザーズの倒産、 メリルリンチのバンクオブアメリカによる吸収合併、AIGの倒産、ダウの暴落、 米ドルの暴落と金融立国アメリカが崩壊しようとしている。 中でもリーマンブラザーズの倒産は負債総額で見ると史上最大であったが、 次から次に起こる現象によって気づかされることがないまま世界はこの金融恐慌に 毎日頭を抱えているのが現状だ。(それまで最高は2002年に倒産したワールドコムが 最大で、1070億ドルであったが、リーマンのそれは6130億ドルである。) この倒産や危機の流れは米国一国にとどまらない。 ドイツでは政府が不動産の大手を救済するために多額の資金を投じているのを はじめ、欧州は敏感にこの危機に反応している。またEU、香港をはじめとして 世界各地で利下げが行われている。 週刊誌でうわさされていた10月恐慌がやってきた。 これが実際に起こってしまったことは残念である。 日本でも昨日大和生命が倒産したが今後輸出を基調としていた大企業に波及する 可能性も十分に考えられる。 さておとといの朝は東武東上線が人身事故で遅延となっていた。 (すなわち副都心線、有楽町線、西武池袋線の遅延に繋がる。) 昨日の朝も東武線が全く同じ理由から遅延していた。 今朝はどうだったかというと親友に聞くまで分からなかったが、西武池袋線が 人身事故の影響で遅延となっていた。 人身事故とはすなわち大半の場合、誰かが自殺をしたことを表す。 なぜこのエリアで人身事故が発生するのだろうか? 僕はその沿線出身でもないから土地柄とかはわからないが、いくつか理由があるらしい。 1)この沿線に存在する中小企業の倒産 中小企業の倒産はインパクトのある企業しか取り上げられず、 むしろ存在すら一般に知られず倒産する企業も多くない。 この地域には中小企業が集中していて、その経営者もこの沿線に多く居住している。 2)財テクによる株式投資の失敗 この話をいく前に財政学での内容に少しふれておきたい。 その昔、1980年代後半から米国の双子の赤字が拡大し、中でも貿易赤字を解消する には日本に対して圧力をかける必要があった。 当時日本の製品によって米国の製造業の業績が悪化し、また外貨(この場合ドル)が 流出して貿易赤字が拡大した。 日本の強みはその貯蓄率であった。お金を儲けても使わない。 ということで米国は公共投資を積極的にやるように迫っていた。 それによって外需から内需拡大に目を向けさせたわけである。 そして現に日本政府・大蔵省はそれを実行した。 さてこれは財テクの話ともかかわってくる。 アメリカ帰りの日本人経済学者の多くは積極的な株への投資を迫っていて、 財テク本も出回っていたのも事実だ。 財テクとは本業以外に、余剰資金や低利の調達資金を株式・債券・土地などに 投資して、資金の運用を多様化・効率化するための方法のことを言い、 家庭では貯蓄をして、それを投資に回す、あるいは財産の一部を運用することもある。 今回の金融恐慌で個人投資家は大きな被害を受けた。 もちろん家計での財テクを利用した投機も同じく被害を受けた。 その損益が半端なく大きい(=生活できないほどの損害である) とそれは無理心中に繋がる可能性が大きい。 金融恐慌期には治安は悪化しやすい。 職を失った人は露頭を彷徨い、身投げする人も出たり、 あるいは自暴自棄になって重度の犯罪を犯す人が出たり。 これはまだ序章なのだろうか? 新聞の一面から頭を抱えた人の写真が消える日はまだまだ遠い。 (この記事はパルティオZの考察「世界金融恐慌(10/11)及び(10/16)」の編集版です。) PR
表面だけではなく内容も疑って見る
(1)「環境にやさしいシャンプー・石鹸・洗剤」
主成分が植物油なんて多分書いてあるでしょう。 植物由来だから環境にやさしい。 でも本当にそうなのか? 全部とは言わないが東南アジアでプランテーションで栽培された、 パームヤシを原料に使ったパーム油が使われているでしょう。 これは熱帯林を破壊したあとにそこで栽培され、さらに児童労働の温床になっている。 これは「環境に『やさしい』」と言えますか? (2)「選挙に行きましょう」 「選挙に行き一人一票を投じて政治に参加しよう!」ってよく言われるんだけど待てよと。 「選挙で投票すること」=「政治参加」と思ってないだろうか? テレビで見てこの人の人柄がよさそうから投票しましたって それは政策なり実績なりをちゃんと見て決めたんだろうか? それを政治に参加したといえるのだろうか。 投票に行って政治参加しましたっていうアピールをしているだけ。 それに投票をしないっていう政治参加の手段もあるんだよね。 ここがおかしいって批判することもそうだしね。 (3)「反戦・平和運動やっています」 いや~、これもちゃんと見なきゃだめですね。 なぜ、どういう活動をやっているのかっていうところが大事。 ひょっとすればそれはただ単に訴えるだけかもしれない。 いやそれだけじゃなくてむしろ結果的に戦争賛美かも知れない。 原子力空母の入港に反対しようという集会でも何のために反対するのか言うところが大事。 その地元にとって害になるからで終わっているものがほとんど。 いや問題はそこなんでしょうかねぇ・・・。 放射能漏れとかの場合、ひどいときには首都圏のほとんどが、 放射能まみれになるだろうし、何のために空母が来るのかというのに触れないんだよね。 MDの一角を担うっていう理由で単純なはずなのに。 市民団体や政党のトップによっぽど都合が悪いことなんでしょう。 という感じでちょっとでも騙されていたことがなかったですか? それが唯一の方法と思い込んでいなかったですか? それが確かに正しいこともありますけど、それは本当に正しいのか それをちゃんと検証する作業が必要ですよね。 正しいのか違うのかそれを考えることを忘れている気がする。 最近の人は大人子供を問わず、表面だけで内容まで見ないんですよね。 これは大変な作業なんだけど必要なプロセス。 それをやるかやらないかでだいぶ変わってくるんだよ。 もちろんこの日記も批判的に見ても構わないです。 追記 そんなことを言ってたら何もできないじゃないかっていう意見も おそらく出てくると思うけどそれは自分で考えなきゃいけないよ。 どんな立場で物事を見てどうするかっていうことはね。 (この記事はパルティオZの日記「ちょっとだけ疑って物事を見る」を編集した物です。)
教員の質と日教組の反戦運動
よく教員の質を問題にする人がいる。
もちろん今現在、不適格となった教師(ダメ教師)が増え、全体の教員の質が下がったのは事実では あるが教員の質が下がったのは単に教員が悪いからでもない。 (1)職業としての教員像の変化 戦前は教員になるためには師範学校に行かなければならなかった。 師範学校の流れをくむのは筑波大、東京学芸大、広島大などが有名だが、 師範学校は主に大学(当時でいえば高校)に行くだけの財力はないが 学力や能力はそれに準ずるものがある人が通った。 一方で今はほとんどの大学の学部で教員免許を取得できる。 教員になるのがエリートである戦前からは大きな変化である。 もちろん今までの教員の質を支えたのは師範を卒業した教師たちの 尽力があってのことであり、それ抜きでは日本の教育はなかった。 (2)教員を目指す人の質・意欲 今の教員免許はどの大学のどの学部でもほぼ取得できる。 小学校の教員免許を除けばではあるが。 教員の取得は戦前に比べれば非常に楽になったというわけである。 それによって教員志望の人のもともとの質が下がったことは いうまでもなく、同時に専攻以外に教員免許をついでに取っておく ということも可能になったため、教員志望でなくても取得して おけばいいやという考えの人が非常に増えたのは言うまでもない。 戦前の師範学校と比較すると意欲の変化は歴然である。 戦前は財力がないけど学力はありそれを生かす場と言えば 師範学校に行き、そこで能力を発揮するしかなかった。 もちろんそれに対する意欲は相当のものである。 そうした姿勢は今の教員にはあまり見られない。 (3)教員の仕事の変化 今の教員は生徒より書類に向き合う方が多いと揶揄される。 それは事実で書類に向き合う仕事が以前に比べ激増している。 これに免許制が始まると余計に生徒と向き合う時間が低下する。 その上モンスターペアレントとよく言われる保護者への対応の 時間が生徒と向き合う時間を低下させている。 もっとも保護者と向き合う時間ができるわけで書類と 向き合うよりはマシであると僕は思うが限度はもちろんあるが。 本来は生徒と向き合うのが教師の仕事である。 しかしそれができない状況がいまの世の中で起きている。 教員の質を維持及び向上させるためには教員免許のシステム自体を 抜本的に考え直して構築していく必要がある。 それと同時に教員が生徒と向き合う時間を作ることが必要になる。 書類に追われたり、免許更新などの手続きや研修に追われたりでは 生徒と真に向き合う時間は作れない。 大分県教委の事件は質を低下させるもので論外であるが。 もちろん戦前の教育制度が総てよかったわけでもない。 今でさえ悔やまれるのが教え子を戦場に送らざるを得なかったことである。 日教組の反戦運動はここから始まっている。 日教組は××だからとよく批判する人がいるがこの点をどれほど汲み取って批判しているかは 非常にわからないところでこの点を考えずに非難している人も非常に多くいる。 集会やデモ活動に教員の方も多く参加しているがそれもここから来ている。 じゃあそんな時間が生徒とあれば向き合えよという人も多いと思うが参加人数は減っている。 その上何のために教育をするのかという大きな柱にもつながってくる。 確かに優秀な人材を育てるのも大事である。 しかし人を殺さないなどの社会性を身につけさせるのも教員の重要な仕事。 反戦運動やデモ活動はここに通ずるものがある。 書類と向き合うのとはわけが違うのである。 その点を考慮して批判はされるべきではないだろうか。 (この記事はパルティオZの考察「教員の質」を編集した物です。)
選挙の顔と党内の結束
昨日午後9時30分から福田首相が辞任の記者会見をした。
普通に考えてこの時間から記者会見を行うのはおかしい。 しかもマスコミに通知するとしたら解散か辞職。 後者だがやはり福田首相は選挙の顔としては使えないようだ。 よくとある筋では「福田をボロ雑巾にしてしまえ」なんてことを 言われて、実際にいろんな問題の矢面に立たされた。 年金記録の問題もそう。 居酒屋タクシーもそうであれば麻雀牌もそう。 はたまた閣僚の事務所費問題もあれば防衛省の不祥事もそう。 野党にはもちろんたたかれたがマスコミにもたたかれた。 僕がよく購読している左よりの週刊金曜日や世界ではもちろんだが WILLのような極右系の雑誌にも大々的にたたかれた。 新聞社やTV局にもたたかれたのも記憶に新しい。 さてこの時期をどう見るか。 まず今の時期は民主党の代表選の時期でそっちに注目が行きがち。 その上「ぶってぶって姫」などの民主党の離党騒ぎの隙をついて人臣一新を 図りたいという自民党の思惑が見える。 前回の内閣改造が麻生への禅譲の布石だったという指摘もあった。 当時なんどもこの話は叫ばれていた。 実際に今度の後任は麻生が一番有力である。 選挙の顔として福田にするか、違う人にするか。 これは自民党の議席に大きく左右されると考えられる。 違う人の方が「ボロ雑巾」となった福田より戦いやすい。 次の衆院選は数からして確実に与党が議席を減らす。 それを最小限にする選挙の顔としての人物が次の総理になる。 それが誰なのかを探るのが次の候補者争いとなるだろう。 自民党も混沌としているが民主党はさらにわからない。 民主党は新改革クラブに参加した議員の後始末におわれている。 僕個人は民主党の江田五月参議院議員(参議院議長)と親交があり その江田さんのメールマガジンも購読している。 記事の中で参加しなかったが騒ぎを起こした姫井議員について 述べられていて民主党岡山県連の対応が非常によくわかります。 江田さんだけでなく菅直人代表代行まで岡山にやってきて (菅直人代表代行は出身と選挙区は東京だが本籍は岡山)、 前半は姫井議員について当事者を交えずに話をしたそうだ。 後半は当事者を入れて激論が交わされたようです。 あの会見の引きつった顔が今でも忘れられません。 しかし岡山の有権者たちはおろか全国の有権者を完全に敵に回し 党内からは裏切り者のレッテルを貼られることになった。 彼女の政治生命は5年先に潰えるのか、あるいは続くのか。 それは有権者がきちんと決めなければいけません。 さてこの混沌となった状況に陥った民主党を結束させるには、 党内で一致団結するのがまず最優先であるだろう。 民主党の代表選の後にどれだけまとまった党になっているのか。 これ次第で次の選挙の行方が変わってくるだろう。 (この記事はパルティオZの考察「総選挙モードに突入」を編集した物です。)
経済系の人気
今日週刊誌を何冊か立ち読みしました。
読売ウィークリーだけにしようと思ってたらサンデー毎日まで手に取ってしまった。 サンデー毎日に高校の先生が大学に対しての評価が載っていました。 まあ週刊誌なんでそんなにあてにはしてないですけど。(笑) さて今年もどうやら経済系が人気なんだとか。 一般的にはつぶしはききやすいし、入りやすいし、就職活動に集中しやすいし、卒業しやすいし。 でも何のために入ったん(入るん)ですか? この質問にどれだけの人が答えられるだろうか? これはどの学部でも言えますが目標がなければ辛いだけです。 (もちろん勉強ではなく遊びに精をだす人もいるが。(笑)) 大学全入時代であるがゆえに、ただ大学に入っただけで目標もなく 大学の価値も見出せず退学する人も大勢います。 (個人的には目標がないよりまだ遊びに精を出して留年をする方がマシでしょう。(笑)) あなたはその理由をどれだけ言えますか? ただ入りやすいから、ただつぶしがきくからで選んでいませんか? 僕が経済学部に入ったのは政治現象を経済学の方面から読み解きたかったから。 実際に経済現象が複雑化しているし、それに伴って政治も動いている。 単なるパワーバランスを語るだけでは今の政治現象は語れない。 この読みは当時は浅く、なんとなくであったが、今では現実味を帯びている。 もともと僕は経済が好きな人間ではない。 お金儲けの学問が好きではないし、経済=お金儲けととらえられがち。 さらに政治・経済の科目は好きであったが政治分野が得意なだけで経済分野に対しては、 需要供給曲線に対して苦手意識すらあったくらいである。 でも目標があるから何とかなる。 ただ入りやすいから、ただつぶしがきくからという理由で大学をめざすのはどうか。 これは全入時代の今だからこそ問われるものではないだろうか。 (この記事はパルティオZの日記「今年も経済系が人気らしい」を編集した物です。) | プロフィール
HN:
Williams Mitchell
性別:
男性
職業:
大学生
趣味:
将棋・麻雀・社会問題考察
自己紹介:
東京にある大学の学生です。
社会問題について考察をしています。 カレンダー
時計
Z会
最新記事
(12/11)
(12/09)
(11/14)
(10/31)
(10/31) 最新コメント
ニュース
ブログ内検索
カウンター
|