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とある大学生による社会問題考察のブログです。 経済、政治、社会問題、戦争、貧困、環境、エネルギーと多岐にわたる分野について批判的、多角的に分析します。
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商店街のシャッター街化
岡山市内には大きく分けて3つの商店街がある。


・西口の奉還町商店街

・東口の駅元町商店街

・天満屋周辺の表町商店街



そのうちの奉還町商店街を昨日通った。

やはり地方の商店街の象徴ともなってしまったシャッター街が続く。

昨日も書いたが地方の活力を再生させることが大切であるが、

シャッター街が続く状況は特に改善しなければならない。

企業誘致は地方財政を活性化させるための手段の一つである。

大企業を誘致することで知名度を上げ、その労働者を自治体の
新たな住民として迎え入れることができる。

その分大企業を誘致するためには基盤整備が必要になる。

土地開発であったり補助金であったりがそうであろう。

しかし失敗すれば大きな負債を抱えることも間違いがないだろう。

現にそれによって失敗している自治体も多い。


一方で中小企業を活性化させる方法もある。

どの地域でもそうであるがある分野に長じた中小企業は存在する。

世界で唯一この工場でしかない技術も存在する。

それらの工場を積極的に援助し自治体を売り込むという方法もある。


さて商店街の話に戻るが岡山市の場合、商店街以外にも市街地の
空洞化は目立っていたともいえる。

空地が目立っていたが国体の会場になったのを機に再開発が進んだ。

政令市への流れもこの追い風となった。


しかし商店街のシャッター街化に対してはほぼ無策であろう。

以前は学生がインターンシップの活動の一環として、
商店街の空店舗を使って商店経営を行っていた時期もあった。

今はその面影すらない。

国が以前行っていた大規模商業施設に対する規制緩和も改める
方針を出したがそれももう既に手遅れである。

今や生活必需品はスーパーへなければ大型量販店へという流れが国民の中に強く定着している。


街の顔であった駅前の商店街が栄えた古き良き文化は消え去っている。

これからこれらをどうしていくのかは行政と国民一人一人に懸かっている。
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政令指定都市を目指して
岡山市が政令市移行を平成21年を目途に準備している。

僕が東京にいる間に「何処が何区?」という区割りがほぼ確定しているようである。


さて政令指定都市になったらどんな利点があるのか?


市役所のHPによると先ず様々な活動が区を中心に動くようになり、
選挙も区単位で行われるようになる。

また県が行っていた一部の業務を政令市が、市が行っていた一部業務を区が行うようになる。

財政面におけるメリットも大きい。

・石油ガス譲与税、軽油引取税交付金が国や県から交付され、地方道路譲与税、
自動車取得税交付金、交通安全対策特別交付金も増額されます。

・宝くじを発売できるようになります。

・地方交付税が一般の市とは別の基準で算定され、交付税が増額されるなどがある。


元々岡山市また岡山県は財政的に厳しい状況にある。

岡山市の借金(市債+債務負担)は7000億円であり、また岡山県は先日チボリ公園の
閉園を発表したがその負債が大きく圧し掛かり、財政危機宣言を出した。

岡山市・岡山県共に危機的状況である。

それがゆえに岡山市は政令市移行によって財政を少しでも改善しようと言う狙いがある。


しかし移行にかかるコストもある。

その点も考える必要がある。

市長は既存の施設を区役所とする方針を示している。

だが市民の利便性を考えると厳しい場所もある。

また業務の増大による人件費の増大も予想される。


一方で根本的に打開するには商業の活性化しかない。

企業誘致であったり観光政策であるだろう。

交通においては未だに四国の玄関口であり、その知名度を生かす方法はいくらでもある。

チボリ公園の失敗もあり観光政策の建て直しが、県、岡山・倉敷両市に必要となってくる。

観光客をどう呼び込むかが重要となるのではないか。


※数値、市の政策などは市役所HPからの引用です。

また下記のサイトも参考にしてください。

http://eritokyo.jp/independent/aoyama-co11200.htm
「批判」と「Critical Thinking」
日本語では批判的思考と言います。

「対象物を見聞きしたままに受け取るのではなく、
客観的尚且つ分析的に理解すること」を意味しています。


多くの人は「批判」という単語を見るとマイナスのイメージを持ちます。

あるときは「否定」「非難」と同義であるように扱われます。

しかしこれは大きな間違いです。

批判は物事に検討を加えて、判定・評価することであったり、
人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして
論じること
であったりします。

「否定」のように拒絶したり、「非難」のように責めることではない。


でもテレビや新聞では「野党が与党の対応を批判しました」というように
使ってしまい、批判が「否定」や「非難」と同じ扱いになったのでしょう。

これは確かに誤用ではなくて、野党は本来は与党を正す役割も担って
いるわけなんですが、今や野党は与党の弱点を見つけては、
その欠点を責めて(=「非難」)、自分たちの主義しか通そうとしない。

逆ももちろん然りだが。

そうしていつしか「批判」≒「否定」「非難」となってしまったのでしょう。

多角的な視点からみることは重要で、あるものごとに対して
今まで気付けなかった新たな視点を与える。

同時に「批判」という手法が物事の弱点を指摘し正すのに最適である。


弱点はなかなか一方面からでは探すことが困難である。


「批判」が「否定」や「非難」と同義に扱われてしまうことは残念である。

「批判」という言葉の誤解が「Critical Thinking」という一つの考えを
阻害し普及することの妨げとなっていることを理解するべきであろう。
はじめに
ここでは主にZ会の会員制SNSであるパルティオZにおける考察を
再度構成しなおして、UPすることにします。
よってパルティオZの考察と同内容になりますのでご了承ください。
プロフィール

HN:
Williams Mitchell
性別:
男性
職業:
大学生
趣味:
将棋・麻雀・社会問題考察
自己紹介:
東京にある大学の学生です。
社会問題について考察をしています。
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